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小暮研究室とは

東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻の中にある地球生命圏科学グループ(Geosphere & Biosphere Science Group)に属しています。

ここでは、地球表層環境あるいは生命圏でつくられる物質の構造やその形成機構の解明を目指しています。また、透過/走査電子顕微鏡による解析を中心とした研究手法によって問題を解決していくことも、当研究室の大きな特徴です。現在は、主に以下のような研究テーマに焦点を絞って研究を進めています。

研究テーマ

福島放射能汚染の鉱物学的研究

2011年3月の福島第一原発事故により引き起こされた放射能汚染を解決していくためには、地球表層物質のこれまでにない詳細な理解が必要になっています。当研究室は、破損した原子炉から放出された放射性セシウム(Cs)による放射能汚染の実態の解明に多くの成果を出してきました。例えば、土壌等に沈着した放射性Csがどのような鉱物に吸着されてるかを実試料の分析や室内実験によって明らかにしました。特に福島県東部を覆う阿武隈花崗岩の真砂土中に普遍的に存在する風化黒雲母(一部がバーミキュライト化した黒雲母)は、Csを効率的に吸着・固定するとともにそのCsは容易に脱離しないため、マイルドなプロセスでの除染が難しい一方、地下水や植物等への移行が大きく抑えられていることを示しました。また最近では、破損した原子炉から直接飛来した放射性ガラス微粒子の構造やその環境中での安定性などの解明に取り組んでいます。

溶液から放射性Csを吸着した様々な鉱物粒子(縦方向に同じ鉱物の5粒子を配置してある)に感光させたイメージングプレート(IP)の読み取り画像。溶液中の137Csの放射能を上、反応時間を横に示す。右下の略語はFB: fresh biotite, WB: weathered biotite, K: kaolinite, H: halloysite. IL: illite, M: montmorillonite, A: allophan, IM: imogolite を示す。この結果よりWBが他の鉱物よりも非常に効率的にCsを吸着することがわかる (Mukai et al. 2016)。  
 



破損した原子炉から直接飛散した、珪酸塩ガラスからなる放射性微粒子(Cesium-bearing micro-particle: CsMP)の(上)TEM像と(下)STEMによる微粒子内部の組成分布。粒子によっては右下のCsの分布が不均一で表面付近に濃集していることがわかる (Kogure et al. 2016)。


最近の代表的な論文
☻Okumura, T., N. Yamaguchi, T. Dohi, K. Iijima, and T. Kogure (2019), Dissolution behaviour of radiocaesium-bearing microparticles released from the Fukushima nuclear plant, Sci. Rep., 3520, DOI: 10.1126/science.1173793
☻Kogure, T., N. Yamaguchi, H. Segawa, H. Mukai, S. Motai, K. Hasegawa, M. Mitome, T. Hara, and T. Yaita (2016), Constituent elements and their distribution in the radioactive Cs-bearing silicate glass microparticles released from Fukushima Nuclear Plant, Microscopy, 65, 451-459, DOI:10.1093/jmicro/dfw030.
☻Mukai, H., S. Motai., T. Yaita, and T. Kogure (2016), Identification of the actual cesium-adsorbing materials in the contaminated Fukushima soil, Appl. Clay Sci., 121-122, 188-193, DOI:10.1016/j.clay.2015.12.030.
☻Mukai, H., T. Hatta, H. Kitazawa, H. Yamada, T. Yaita, and T. Kogure (2014), Speciation of radioactive soil particles in the Fukushima contaminated area by IP autoradiography and microanalyses, Environ. Sci. Technol., 48, 13053-13059,DOI: 10.1021/es502849e.
☻Kogure T., K. Morimoto, K. Tamura, H. Sato, and A. Yamagishi (2012), XRD and HRTEM evidence for Fixation f Cesium Ions in Vermiculite Clay, Chem. Lett., 41, 380-382, DOI: 10.1246/cl.2012.380.

生物がつくる無機物質(生体鉱物)の形成機構

生物の体は有機物だけで形成されているのではなく、主に無機質(生体鉱物)でつくられた組織(硬組織)も多く見られます。身近な例では我々の歯や骨であり、これらには水酸アパタイト(hydroxyapatite)という鉱物が多く含まれているのは良く知られていることです。この他にも貝殻、卵の殻、甲殻類の外骨格、耳石などを挙げることができますが、これらは主に炭酸カルシウムで形成されています。この骨や貝殻などは、ときには無機的に形成された物質とは比較にならないほどの優れた機械的特性を示し、その生命活動を支えています。そしてこの硬組織の優れた特性は、多くの場合生体鉱物の構造に由来しています。それを様々な分析手法で調べると、結晶相、サイズ、形態、結晶欠陥、結晶方位等がときとして厳密に制御されていることがわかります。これまでに多くの研究がそのような制御の機構を明らかにしようと試みて来ましたが、未だに明瞭に説明できないことばかりです。またこの生体鉱物は、生命が存在できる常温常圧の地球表層環境において、比較的短時間に形成されることもその特徴のひとつです。この点でも、例えば岩石中に見られる鉱物とはその形成条件が大きく違っており、そこではしばしば熱力学的に見て準安定な相が形成されます。

シロザケ耳石中(左上)に高密度で形成されたアラゴナイトの{110}双晶(暗視野TEM像)。
左下はそのHRTEM像。


生物が進化の中で育んできた生体鉱物の形成機構とはどのようなものか、これは物質科学的にも地球科学的にも大変興味深い問題です。多くの生体鉱物は有機物の基質の上で形成し、またその結晶中には、概して生体から分泌されるかなりの量の有機分子を含んでいます。よって生体鉱物の構造には、これらの有機基質や結晶内有機分子が何らかの関与をしていることが予想されます。炭酸カルシウムの多形、形態、結晶方位等がどのように有機基質、結晶内有機分子等で制御されるのか、我々はまずこのような基本的な問題を明らかにする研究を続けています。またこれらの研究は、様々な学問分野の境界領域にあり、東京大学のその他の研究室や学外の研究室と共同で研究を進めています。

アコヤガイ(左)の外層の稜柱層を覆う有機膜上に見られた最初の石灰化した構造。これが起点となり真珠層が形成されていく。(Saruwatari et al., 2009)


最近の代表的な論文
☻Suzuki, M., J. Kameda, T. Sasaki, K. Saruwatari, H. Nagasawa and T. Kogure: "Characterization of the multilayered shell of a limpet, Lottia kogamogai (Mollusca: Patellogastropoda), using SEM–EBSD and FIB–TEM techniques", J. Struct. Biol., 171 (2010) 223-230. DOI: 10.1016/j.jsb.2010.04.008
☻Kudo, M., J. Kameda, K. Saruwatari, N. Ozaki, K. Okano, H. Nagasawa and T. Kogure: " Microtexture of larval shell of oyster, Crassostrea nippona: a FIB-TEM study", J. Struct. Biol., 169 (2010) 1-5. DOI: 10.1016/j.jsb.2009.07.014
☻Suzuki, M., K. Saruwatari, T. Kogure, Y. Yamamoto, T. Nishimura, T. Kato and H. Nagasawa: "An acidic matrix protein, Pif, is a key macromolecule for nacre formation", Science, 325 (2009) 1388-1390. DOI: 10.1126/science.1173793
☻Saruwatari, K., T. Matsui, H. Mukai, H. Nagasawa and T. Kogure: "Nucleation and growth of aragonite crystals at the growth front of nacres in pearl oyster, Pinctada fucata", Biomaterials, 30 (2009) 3028-3034. DOI: 10.1016/j.biomaterials.2009.03.011

粘土鉱物及び関連する層状物質の微細構造

地下深部で形成された岩石や鉱物が地球表層環境に露出すると、長い時間をかけてより安定な物質へ変化していきます。そのような物質や鉱物(二次鉱物)として代表的なものが粘土鉱物(Clay Minerals)です。粘土鉱物は概して非常に微細で、水晶のような大型で見た目に美しい結晶は見られませんが、農業、窯業、さらに環境に優しいニューマテリアルとして様々な分野で我々の生活に密接に関わっています。粘土鉱物の多くは、珪酸塩鉱物の分類の中で層状珪酸塩というグループに属します。層状珪酸塩の特徴は、SiO4四面体が各々3つの酸素を他の四面体と共有し、無限に広がった”四面体シート”を形成していることです。層状珪酸塩にはこのような四面体シートを基本単位として、さらに八面体シートや、アルカリ金属イオン、水分子を含んだ様々な構造が現れます。層状珪酸塩の特徴のひとつは、その著しい構造の非等方性です。四面体シートや、それと酸素イオンを共有した八面体シートで構成される基本単位(単位層)の中は強固な化学結合になっていますが、層と層の間の結合は概して非常に弱く、またその位置関係にはかなりの融通性が見られます。このため、層状珪酸塩には他のグループには見られない構造的なバリエーション(polytype)が見られます。このような構造のバリエーションを決定する要因は、その長い研究の歴史でもまだ十分にわかっていません。それは粘土鉱物の結晶があまりに微細であるということが、大きな理由のひとつとなっています。

(左)長石の風化で形成されたhalloysite (Eureka, Nevada, USA) の高分解能SEM像。
(右) chrysotile (polygonal serpentine) の断面のHRTEM像。


微細な粘土鉱物の構造を調べる最も有効な手法のひとつは、電子顕微鏡と考えられます。当研究室では、最新の電子顕微鏡技術を用いてこの粘土鉱物や層状珪酸塩、さらに関連する天然・合成の層状物質の構造を明らかにし、その成因を調べる研究を続けています。特に透過電子顕微鏡(TEM)を用いて、粘土鉱物の構造を100万倍以上で観察することにより、その原子配列を直視し局所構造を決定することで、今まで多くの成果を得てきました。現在はこれに回折パターンのシミュレーション、電子後方散乱回折(EBSD)、走査プローブ顕微鏡(SPM)などを組み合わせて、さらに新しい発見を目指しています。

(左)層状珪酸塩(三八面体雲母)の結晶構造
(右) kaoliniteの高分解能TEM像.鏡像関係にある双晶が高密度に生じている。


最近の代表的な論文
☻Kogure, T., C.T. Johnston, J.E. Kogel and D. Bish: "Stacking disorder in a sedimentary kaolinite", Clays Clay Miner., 58 (2010) 63-72. DOI: 10.1346/CCMN.2010.0580106
☻Kameda, J., K. Saruwatari, D. Beaufort and T. Kogure: "Textures and polytypes in vermiform kaolins diagenetically formed in a sandstone reservoir: a FIB-TEM investigation", Euro. J. Mineral., 20 (2008) 199-204. DOI: 10.1127/0935-1221/2008/0020-1806
☻Kogure, T., J. Kameda and V.A. Drits : "Stacking faults with 180°layer rotation in celadonite, iron and magnesium-rich dioctahedral mica", Clays Clay Miner., 56 (2008) 612-621. DOI: 10.1346/CCMN.2008.0560602
☻Kogure, T. and J. Kameda: " High-resolution TEM and XRD simulation of stacking disorder in 2:1 phyllosilicates", Zeit. Kristallogr., 223 (2008) 69-75. DOI: 10.1524/zkri.2008.0004
☻Kogure, T., J. Kameda and V.A. Drits: "Novel 2:1 structure of phyllosilicates formed by annealing Fe3+, Mg-rich dioctahedral mica", Am. Mineral., 92 (2007) 1531-1534. DOI: 10.2138/am.2007.2667

地球表層物質を調べるための電子線を用いた新しい研究手法の開発

長い鉱物研究の歴史の中で、これまでに数千種類の鉱物が記載されています。鉱物のほとんどは結晶であり、結晶中には同じ原子配列の繰り返し周期(単位胞)が定義できます。人類は20世紀初頭以降、X線等を用いた回折的な手法により、この単位胞中の原子配列を決定するという研究を推し進め、前世紀には主要な鉱物の基本的な原子配列がほぼ決定されました。それは、我々が鉱物の特徴やその成因を理解するための最も基本的な知識となっていますが、同時に鉱物という無機物質をより深く理解するための情報の一部にしか過ぎません。例えば、鉱物の形態学的特徴や特定の結晶面の発達などは、その表面エネルギーに大きく依存し、さらに表面エネルギーは結晶表面近傍の原子配列に依存するはずですが、実際の鉱物表面あるいはその近傍の原子配列がどのようになっているかは、その解析の難しさからほとんど解っていません。また鉱物は、ときにはその結晶構造の対称性からは考えられない形態を示すこともあり、その原因を調べることは、物質科学的にも非常に興味深いテーマです。微小な鉱物結晶の形態を調べたり、表面や界面などの局所的な構造等を明らかにするためには、今までにない新しい研究手法を導入したり、開発していくことが不可欠です。当研究室では、原子間力顕微鏡(AFM)の導入や電子後方散乱回折(EBSD)の導入などを地球科学分野で先駆的に行い、これと従来のX線回折や電子顕微鏡の手法とを組み合わせて鉱物の新しい研究手法を提案してきました。今後も、最新の電子顕微鏡手法等を用いた新たな鉱物や地球惑星物質の研究手法を探索・開発していきます。

集束電子線で形成する菊池パターンを用いた、ココリス中のカルサイト結晶の方位決定


最近の代表的な論文
☻Kogure, T. and E. Okunishi: "Cs-corrected HAADF-STEM imaging of silicate minerals", J. Electron Microsc., 60 (2010) 1-9. DOI: 10.1093/jmicro/dfq003
☻Rozhdestvenskaya, I. V., T. Kogure, E. Abe and V.A. Drits: "A structural model for charoite", Miner. Mag., 73 (2009) 883-890. DOI: 10.1180/minmag.2009.073.2.883
☻Saruwatari, K., J. Akai, Y. Fukumori, N. Ozaki, H. Nagasawa and T. Kogure: "Crystal orientation analyses of biominerals using Kikuchi patterns in TEM", J. Mineral. Petrol. Sci., 103 (2008) 16-22. DOI: 10.2465/jmps.070611
☻Kameda, J., R. Inoguchi, D.J. Prior and T. Kogure: “Morphological analyses of minute crystals by using stereo-photogrammetric scanning electron microscopy and electron back-scattered diffraction", J. Microscopy, 228 (2007) 358-365.
☻Kudoh, Y., J. Kameda and T. Kogure: "Dissolution of brucite on the (001) surface around neutral pH: in-situ AFM observation", Clays Clay Miner., 54 (2006) 598-604. DOI: 10.1346/CCMN.2006.0540506

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研究設備

200kV高分解能透過電子顕微鏡 TEM (日本電子JEM-2010)

導入年度: 1993年
200kVの透過電子顕微鏡で、電子銃はLaB6の熱電子放出型となっています。球面収差係数(Cs)0.5mmの低収差レンズにより約2.0オングストロームの点分解能を実現しています。また、高感度のエネルギー分散型X線検出器(EDS)による組成分析、TVレートCCDカメラおよび画像取り込み用CCDカメラ(Gatan MSCおよびES-500W)による様々な像記録などが可能です。

冷陰極電界放射型走査電子顕微鏡 SEM (日立S-4500)

導入年度: 1996年
冷陰極電界放射型の電子銃を搭載した走査電子顕微鏡(SEM)で、この電子銃の高輝度と低エネルギー幅により10万倍以上の高分解能観察が可能です。同時に、この電子顕微鏡は以下の6つの信号検出器を試料室の周囲に配置し、試料から様々な情報を得ることができます。
1.上方二次電子検出器 2.下方二次電子検出器 3.高感度反射電子(BSE)検出器
4.エネルギー分散型X線(EDS)検出器 5.二次元後方反射電子回折(EBSD)検出器
6.半導体型前方反射電子(FSE)検出器

集束イオンビーム試料加工装置 FIB (日立FB-2100)

導入年度: 2006年
集束された金属(Ga)イオンビームを用いて、試料上の特定微小領域からのTEM試料作製や微細加工を行います。タングステン(W)膜の蒸着とマニュピュレータによるマイクロサンプリングシステムが装着され、効率的にTEM用試料が作製できます。

左: TG-DTA (Rigaku Thermo plus EVO TG8120)
右: Powder XRD (Rigaku RINT Ultima+) (共用装置)

<TG-DTA> 導入年度: 2009年
最高到達温度1500°Cの示差熱分析装置で、粘土鉱物の同定や含水量の測定、生体鉱物中の有機物成分の定量などに用いています。

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