地球表層に存在する物質の構造やその形成機構の解明を通して、マクロな現象を理解することを目指しています。最近取り組んでいる研究テーマを紹介します。
バイオミネラリゼーションのメカニズム解明
生物の体は有機物だけで形成されているのではなく、無機質でつくられた組織(硬組織)も多く見られます。こうした硬組織はバイオミネラル(生体鉱物)と呼ばれ、その形成過程がバイオミネラリゼーションです。身近な例では我々の歯や骨であり、これらには水酸アパタイト(hydroxyapatite)という鉱物が多く含まれていることが知られています。この他にも貝殻、卵の殻、甲殻類の外骨格、耳石などが挙げられますが、これらは主に炭酸カルシウムで形成されています。骨や貝殻などのバイオミネラルは、ときには無機的に形成された物質とは比較にならないほど優れた機械的特性を示し、その生命活動を支えています。そしてこの硬組織の優れた特性は、多くの場合バイオミネラルの構造に由来しています。それを様々な分析手法で調べると、結晶相、サイズ、形態、結晶欠陥、結晶方位等が厳密に制御されていることがわかります。これまでに多くの研究でそのような制御機構を明らかにしようと試みられましたが、いまだに明瞭に説明できないことばかりです。またバイオミネラルは生命が存在できる常温・常圧の地球表層環境において、比較的短時間で形成されることもその特徴のひとつです。この点においても、岩石中に見られるような鉱物とはその形成条件が大きく違っており、しばしば熱力学的に準安定な相が形成されます。
生物が進化の中で育んできたバイオミネラリゼーションとはどのようなものか、これは物質科学的にも地球科学的にも大変興味深い問題です。多くのバイオミネラルは有機基質の上で形成し、またその結晶中には生体から分泌されるかなりの量の有機分子を含んでいます。よってバイオミネラリゼーションにはこれらの有機基質や有機分子が関与をしていることが予想されます。炭酸カルシウムの多形、形態、結晶方位等がどのように有機基質、有機分子で制御されるのか、我々はまずこのような基本的な問題を明らかにする研究を続けています。またこれらの研究は様々な学問分野の境界領域にあり、東京大学のその他の研究室や学外の研究室と共同で研究を進めています。
シロザケ耳石(左上)中に高密度で形成されたアラゴナイトの{110}双晶(右:暗視野TEM像)。左下はそのHRTEM像。
アコヤガイ(左)の外層の稜柱層を覆う有機膜上に見られた最初の石灰化した構造。これが起点となり真珠層が形成されていく。(Saruwatari et al., 2009)
福島原発事故による汚染の実体解明
2011年3月の福島第一原発事故により引き起こされた放射能汚染を解決していくためには、地球表層物質のこれまでにない詳細な理解が必要になっています。当研究室は、破損した原子炉から放出された放射性セシウム(Cs)による汚染の実態の解明に多くの成果を出してきました。たとえば、土壌等に沈着した放射性Csがどのような鉱物に吸着されてるかを実試料の分析や室内実験によって明らかにしました。特に福島県東部を覆う阿武隈花崗岩の真砂土中に普遍的に存在する風化黒雲母(一部がバーミキュライト化した黒雲母)は、Csを効率的に吸着・固定するとともにそのCsは容易に脱離しないため、マイルドなプロセスでの除染が難しい一方、地下水や植物等への移行が大きく抑えられていることを示しました。また最近では、破損した原子炉から直接飛来した放射性ガラス微粒子の構造やその環境中での安定性などの解明に取り組んでいます。
溶液から放射性Csを吸着した様々な鉱物粒子(縦方向に同じ鉱物の5粒子を配置してある)に感光させたイメージングプレート(IP)の読み取り画像。溶液中の137Csの放射能を上、反応時間を横に示す。右下の略語はFB: fresh biotite, WB: weathered biotite, K: kaolinite, H: halloysite. IL: illite, M: montmorillonite, A: allophan, IM: imogolite を示す。この結果よりWBが他の鉱物よりも非常に効率的にCsを吸着することがわかる。(Mukai et al., 2016)
損傷した原子炉から直接飛散した珪酸塩ガラスからなる放射性微粒子(Radiocesium-bearing microparticle, CsMP)のTEM像とSTEMによる微粒子内部の組成分布。粒子によっては右下のCsの分布が不均一で、表面付近に濃集していることがわかる。(Kogure et al., 2016)
粘土鉱物やそれに関連する層状物質の微細構造の解明
地下深部で形成された岩石や鉱物が地球表層に露出すると、長い時間をかけてより安定な物質へ変化していきます。そのような物質や鉱物(二次鉱物)として代表的なものが粘土鉱物(clay mineral)です。粘土鉱物は概して非常に微細で、水晶のような大型で見た目に美しい結晶は見られませんが、農業、窯業、さらに環境に優しい新材料として、様々な分野で我々の生活に密接に関わっています。粘土鉱物の多くは、珪酸塩鉱物の分類の中で層状珪酸塩というグループに属します。層状珪酸塩ではSiO4四面体が各々3つの酸素を他の四面体と共有し、無限に広がった「四面体シート」を形成しています。層状珪酸塩にはこのような四面体シートを基本単位として、八面体シートやアルカリ金属イオン、水分子を含んだ様々な構造が現れます。層状珪酸塩の特徴のひとつは、その著しい構造の非等方性です。四面体シートや、それと酸素イオンを共有した八面体シートで構成される基本単位(単位層)の中は強固な化学結合になっていますが、層と層の間の結合は概して非常に弱く、またその位置関係にはかなりの融通性が見られます。このため、層状珪酸塩には他のグループには見られない構造的なバリエーション(polytype)が見られます。このような構造のバリエーションを決定する要因は、その長い研究の歴史でもまだ十分にわかっていません。それは粘土鉱物の結晶があまりに微細であるということが大きな理由のひとつとなっています。
微細な粘土鉱物の構造を調べる最も有効な手法のひとつは電子顕微鏡と考えられます。当研究室では、最新の電子顕微鏡技術を用いてこの粘土鉱物や層状珪酸塩、さらに関連する天然・合成の層状物質の構造を明らかにし、その成因を調べる研究を続けています。特に透過電子顕微鏡(TEM)を用いて、粘土鉱物の構造を100万倍以上で観察することにより、その原子配列を直視し局所構造を決定することで、これまでに多くの成果を得てきました。
(左)長石の風化で形成されたhalloysite(Eureka, Nevada, USA)の高分解能SEM像。(右)chrysotile(polygonal serpentine)の断面のHRTEM像。
(左)層状珪酸塩(三八面体雲母)の結晶構造。(右)kaoliniteの高分解能TEM像。鏡像関係にある双晶が高密度に生じている。
地球表層物質を調べるための新しい研究手法の開発
長い鉱物研究の歴史の中で、これまでに数千種類の鉱物が記載されています。鉱物のほとんどは結晶であり、結晶中には同じ原子配列の繰り返し周期(単位胞)が定義できます。人類は20世紀初頭以降、X線等を用いた回折的な手法により、この単位胞中の原子配列を決定するという研究を推し進め、前世紀には主要な鉱物の基本的な原子配列がほぼ決定されました。これは我々が鉱物の特徴やその成因を理解するための最も基本的な知識となっていますが、同時に鉱物という無機物質をより深く理解するための情報の一部にしか過ぎません。たとえば、鉱物の形態学的特徴や特定の結晶面の発達などは、その表面エネルギーに大きく依存し、さらに表面エネルギーは結晶表面近傍の原子配列に依存するはずですが、実際の鉱物表面あるいはその近傍の原子配列がどのようになっているかは、その解析の難しさからほとんどわかっていません。また鉱物は、ときにはその結晶構造の対称性からは考えられない形態を示すこともあり、その原因を調べることは物質科学的にも非常に興味深いテーマです。微小な鉱物結晶の形態を調べたり、表面や界面などの局所的な構造等を明らかにするためには、今までにない新しい研究手法の導入・開発が不可欠です。当研究室では、原子間力顕微鏡(AFM)や電子後方散乱回折(EBSD)の導入などを地球科学分野で先駆的に行い、これと従来のX線回折や電子顕微鏡の手法とを組み合わせて鉱物の新しい研究手法を提案してきました。今後も最新の電子顕微鏡等を用いた新たな鉱物や地球惑星物質の研究手法を探索・開発していきます。
収束した電子線で形成する菊池パターンを用いた、円石藻を構成するココリス中のカルサイト結晶の方位決定。