いうまでもなく地球・惑星は元素からできている。その元素どうしの相互作用の積み重ねで地球・惑星は進化をし、物質循環が起き、生命が育まれた。これらの現象は必ず化学反応を伴い、それを扱うのが地球化学である。現代の地球化学は、Goldschmidt (Victor Moritz Goldschmidt; 1988~1947;図1)により創始され、「元素の分配と挙動」を基本課題に据えて発展してきた。 その後、岩石圏・土壌圏・水圏・大気圏のあらゆる相を対象としながら、同位体地球化学の発展や地球環境科学への貢献などを経て、地球科学の様々な分野を包含しながら、地球化学は今なお大きく発展している研究分野である。 Goldschmidtは、地球惑星でおきる元素の分配・挙動を物理化学的に統一的に理解することを目指したが、当時原子レベルでの相互作用を調べる手法は限られており、化学的な本質は想像するほかなかった。しかし、近年の様々な物理化学的手法の発達により、ようやく我々は地球で起きる様々な現象を原子レベルで突き詰めて議論できるようになってきた。このような分野は「分子地球化学(Molecular Geochemistry)」と呼ぶことができ、地球化学の根本的課題である「元素の分配と挙動」を原子・分子レベルから扱い、今後の地球化学の発展を担う重要な研究分野である。もしGoldschmidtが現在生きていたら、これら最先端の手法を駆使して、地球化学をより多彩に、より系統的に、そしてより本質的に追及したことであろう。
筆者はこうした手法のひとつとして、主にX線吸収微細構造(XAFS)法を用い、地球惑星系で起きるあらゆる化学現象に関心を持って研究を進めている。これらには、地球惑星や生命の進化、現在の物質循環、環境化学や資源化学などの様々な問題が含まれている。以下に紹介する分子地球化学の研究例を通じて、「原子分子レベルから地球で起きるマクロな現象を理解する面白さ」や「化学をベースして隕石から土壌まで様々な試料が扱える地球化学の醍醐味」を味わって頂ければと思う(図2)。また同時に、地球化学が持続可能な社会の実現に大きく貢献できる分野であることも強調したい。
地球化学の面白さには、自分が得意な手法を用いて様々な研究対象にアプローチできるという点がある。私もご多分に漏れず、隕石からマントルの石まで、あるいは気体・水・固体試料など、あらゆるものを研究対象にしてきた。それは他の分野からみればあまりに軽はずみにみえるだろうと思うし、自分でも本質を見誤った研究をしていないか不安になる。しかし、地球惑星を俯瞰してみる場合、そうした経験は重要だろうし、元素合成に始まり将来の地球環境まで見通すために、化学というキーワードで様々なことを調べるのは悪いことではない。そもそもGoldschmidt先生からして、そうした研究スタイルだった。地球化学で重要なことは、元素の性質にまで立ち返って、系統的に地球をみていくことである。ここでは、このような立場で行ってきた研究を、時系列的に並べてみた。特に学生さんには、一人の研究者が迷いながら成長(?)してきた過程をお読み頂ければと思う。
私は博士号取得まで東大理学部の化学教室で研究をしていた。学部3年の学生実習でやった溶媒抽出実験で、久保謙哉先生(現ICU教授)に有機相中の溶存金属イオンの化学状態について質問をしてから、元素の化学種(スペシエーション)に興味を持ち、今に至っている。卒業研究では、富永健・巻出義紘両先生主宰の放射化学研究室が当時推進していたフロンの分析の研究を行った。当時オゾンホールが発見され、フロンによる成層圏オゾン層の破壊が大きな注目を集めており、F. S. Rowland教授(カリフォルニア大学アーバイン校;富永・巻出両先生の恩師)のノーベル賞受賞(1995年)も比較的身近な出来事として感じることができた。ここで大気の研究に多少なりとも触れたことで、現在行っているエアロゾル研究にも抵抗なく取り掛かれたのかもしれない。
修士・博士課程(1992~1997年頃)では、同じ放射化学研究室で薬袋佳孝先生のご指導の下、放射性廃棄物の地層処分問題の基礎研究として、アクチノイド元素の地層中での挙動を研究した。ここで本格的にアクチノイド・ランタノイドのスペシエーションを調べることになり、溶液中での錯体形成や固液界面での吸着現象などを室内実験や分光学的手法(レーザー誘起蛍光法;JAEAの木村貴海博士との共同研究)を用いた研究した。これらの研究は、現在でも比較的よく引用されており、自分の研究の礎となっている。その内容は、いくつかの総説論文にまとめているので、そちらを参照されたい([1]、[2])