プレカン
近年,先カンブリア紀の研究の進展は目覚ましい。それは,ジルコンU/Pb年代法の進歩により,地層に残されたイベントの国際的な対比と時系列が解明されてきたからであろう。1990年代以降示された成果の中で特に重要なものは,28-21億年前の酸素革命に関するもの,8-6億年前の全球凍結に関するものの2つである。
初期大気の酸素濃度については長い間の論争があったが,イオウ同位体の非質量依存分別で決着がつきそうである。これは,少なくとも24億年前までの大気中の酸素濃度が現在の数万分の1であることを示すと同時に,メタンが主要な温室効果ガスとして働いていたことを示唆する。この考えは,現在の約8割程度しかなかった太陽エネルギーの下でも,地球が凍結しなかったという事実とも整合的である。ただし一方で,28億年前の地層から酸素発生型光合成を行うシアノバクテリア起源のバイオマーカーも発見されており,その後,数億年間にわたり地球が嫌気的だった理由については議論が残されている。
もう1つの重要な仮説である「全球凍結」は広い氷礫岩(右図)の分布とその直後の極端に低い炭素同位体値により提唱された。少なくとも,Sturtian (~720 Ma) とMarinoan (~635 Ma) の2回の氷河期は汎世界的に認められており,「全球凍結」の真偽はさておき,重大な氷河活動が起ったことは広く受け入れられている。また,Marinoan直後の地層からの動物胚化石の発見も大きなトピックである。これは,現時点で最古の動物の証拠であり,同時期のイオウ同位体や鉄成分の検討結果は大気海洋系での酸素分圧の上昇を示唆している.そこで,全球凍結直後の酸素濃度の増加が多細胞生物の進化を可能にしたと解釈されている。しかし,なぜ酸素濃度が急増したかについては明らかにされていない。
本研究室では,1999年から中国での調査を開始し,主にMarinoan氷期から原生代末 (542 Ma) に堆積した地層について研究を進めてきた。特に,炭素同位体層序から導き出される海洋構造の変遷や,リン酸塩堆積物に含まれる動物胚化石の産状(下図)と保存過程の検討,有機物の成分組成から考察される生態系をテーマとして扱っている。

研究室の取り組み
ーDOXAM仮説
全球凍結に代表される気候激変が起こった7億5千万〜5億4千万年前に動物が進化したという事実は地球史最大の謎の1つである。海洋を含めた地表が全て凍り付いた場合,生き物がほぼ死に絶えると想像できる。しかし,生命はこの試練を乗り越えて,進化の時代となった。この事実を理解するためには,気候激変と動物進化の間に必ずある因果関係を見いださなければならない。
 現時点で最も広く受け入れられているのは酸素濃度の増加が動物の進化を促したというものだ。マリノアン全球凍結もしくは580Maのガスキエス氷期後に大陸から膨大な栄養塩を海水へと送り込み,高まった酸素がコラーゲンの分泌と動物の呼吸に有利に働いたとされる。確かにこの仮説は約550 Ma頃に起きた左右相称動物の進化には良く合いそうだ。しかし,海洋の著しい酸化は全球凍結から6千万年後の575 Maであり,より原始的な動物(海綿動物・刺胞動物)はそのはるか昔に出現していたのである。確実な証拠は少ないものの,オマーンで検出されたバイオマーカー,オーストラリアや中国南部で発券された微化石は,海綿動物がマリノアン氷期以前に,刺胞動物がマリノアン氷期直後に出現したことを暗示する。
 今のところ,原始的な動物の進化と地球環境の激変を結びつける有力な理論は無い。
海綿・刺胞動物の進化を理解するには,全球凍結後に必然的に起こった海洋の層状化を考えれば良いのかもしれない。全球凍結後の海洋が富栄養であり生産性が高かったという点では異論は無いが,Sr同位体のデータを考慮すると,栄養のソースは熱水性のものではなく,大陸風化起源のものであろう。すなわち,水柱を撹拌する湧昇水は弱く,海洋は比重の軽い融氷水により層状化された。表層海水で大量に生産された有機物は酸化還元のインターフェースでもある比重勾配で蓄積し,動物に食料を提供した。想定される進化の場は,現在の深海サンゴ礁と良く似ている。また,この仮説は原始的動物グループが濾過栄養であることと符号する (Kano et al., 2011)。進化のキーワードは酸素ではなくエサであったのではないか。
 最も原始的な海綿動物は襟鞭毛虫から進化したようだ。おそらく,全球凍結後の海洋に集積した有機物に集まった襟鞭毛虫が,貧酸素の環境で泳ぐのをやめて多細胞化し,懸濁有機物や原生動物の補食工場を作り上げた。また,食べる側にも壷型微化石 (VSM) に見られる生物鉱化作用が進化した。
 Dissolved Organic Carbon Stimulated Animal Multicellularityとこの仮説を簡潔に言い表せる。単語の頭文字を繋げて「DOXAM仮説」と名付けた。私たちは現在,この仮説を裏付けるための証拠を集めるためにブラジルや中国で調査を行っている。