トゥファは優れた古気候記録媒体であるが,その堆積が100年を越えて継続しないという弱点があり,長期的な変動を連続的に記録できない.その点では,鍾乳石は優れており,欧米諸国や中国では,近年盛んに研究が行われ,陸域での古気候について新たな知見が示されている.
特に重要な結果は中国南部の試料から提示されている.過去12万年間の鍾乳石の酸素同位体値は,太陽放射量の変化に極めて良く相関し,その変動パターンは,海水準を反映した深海コアのパターンと大きく異なっている.すなわち,海水準は必ずしも気温と相関しない.これは,従来の気候変動に関する理解を大きく変えるものであり,将来の気候変動予測にも反映されるだろう. |
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研究室では2005年から本格的に鍾乳石研究を開始した.日本では,鍾乳石の年代測定技術の面で大きく遅れているが,私たちは台湾国立大学との共同研究によって,この問題を解決した.鍾乳石の長期的な連続記録と,トゥファの短気的な高解像度記録の統合により,陸域古気候学の新展開を目指している. |
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これまで,私たちの研究室では日本の鍾乳石を題材に2つの重要な研究を公表している。
1つ目は広島県北東部の幻鍾乳洞で採集した石筍に関するものである。この石筍はウラン濃度が極めて高いため,精密な年代測定が可能であった。しかも,約1万6千から1万2千年前という,最終氷期からの温暖化という,気候学的に極めて重要な時期の記録を保持していた。 最終氷期以降の温暖化は1万4千6百年前のベーリングアレレード期に急速に進行したというのが世界的な傾向である。しかし,従来の日本での研究では,この温暖期が1000〜500年ほど早く始まっていたという議論がなされていた(例えば福井県水月湖の花粉データ)。しかし,私たちのデータはこの「いち早い温暖化」とは合わず,世界的傾向を示すとされるグリーンランドの氷床コアの傾向と非常に良く合う (Shen et al., 2010)。 |
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2つめの成果はさらに斬新かもしれない。私たちは「日本海側での降水量が世界的にもまれに冬に多い」という事実に着目し,日本海側最大の石灰岩地域である糸魚川の石筍研究を2009年に開始した。
富山大学の柏木先生の協力のもと富山市での雨水を継続的に分析するなどの,地道な作業を積み重ね「降水量の指標である酸素同位体比の変動曲線が冬のモンスーン強度と同調する」という結論に達した。また,糸魚川石筍のデータ解像度は従来中国から報告されてきた冬のモンスーン強度記録よりもはるかに高く,完新世後期の脈動を記録している。 さらに,糸魚川の降水強度が日本海海水温とも相関するという傾向をつかんだ。冬のモンスーン強度は冬季でのシベリアと日本海+北西太平洋の間での温度差に関係する。すなわち,今後温暖化した場合,冬の降雪量が増加することが予想される。海と陸の気候条件は複雑にリンクするのである (Sone et al., 2013)。 |