石灰岩
石灰岩研究は奥が深い。しかし,露頭や薄片観察をしていると,小さな感動が必ずある。例えば下の写真。石灰岩中のセメント構造をカソードルミネッセンスという方法で観察した画像である。通常の薄片写真(左下)では,ほぼ無構造で透明に見える部分に,上から結晶が垂れ下がるように成長している様子が見て取れる(右下)。これは,つらら石状セメントと呼ばれるものであり,小さな空間でしたたる水から沈澱したものであると解釈されている。
石灰岩研究の詳細については「Product」の「炭酸塩アトラス」を参照してほしい。

鳥巣式石灰岩
ー「温室期」の地球を理解する
ジュラ〜白亜系の石灰岩は,北海道から九州までの日本各地に点在している(右図)。これらは,1) 有機物に富み,ハンマーでたたくと油臭を放ち,2) サンゴや層孔虫などの造礁生物の化石を多産し,3) ウーイドを含むなどの点で共通した特徴を持っており,鳥巣式石灰岩と総称されている 。本研究室では,この石灰岩を長年研究対象として扱ってきた。
 岩相や化石相は,鳥巣式石灰岩が浅海域で堆積した礁性堆積部であったことを示唆する。しかし,石灰岩体は福島県相馬地域のものを除くと,どれも,周囲を砂岩・泥岩などの陸源砕屑岩に囲まれた幅1km未満の小規模なものであり,その堆積時に大規模な生物礁複合体が発達していたと考えるのは困難である.高知県仁淀村 (Kano and Jiju, 1995),佐川町 (Kano, 1988),香北町については,泥質の底質から発達した炭酸塩マウンドであると復元されているが,現在の浅海域で,これに比較出来る堆積場が報告されていないことから,鳥巣式石灰岩の堆積モデルについては,問題が残されている.
鳥巣層群:四国の秩父帯南帯に帯状に分布する地層であり(下図),鳥巣式石灰岩の大半は本層群とその相当層中に発達している。本層群の南側にはジュラ系付加体である斗賀野層群が分布しており,石灰岩は付加コンプレックス上に発達した前弧海盆に発達したと考えられる。この中で大規模な石灰岩体が発達しているのは,愛媛県城川地域・高知県仁淀村白石川地域・高知県佐川地域(模式地)の三カ所である.鳥巣層群の年代については,1980年代以降,泥岩中の放散虫化石をもとに論じられてきたが,Sr同位体の適用により,より詳細な年代が解明されつつある (Kakizaki et al., 2012)。
ジュラ〜白亜系の温室期世界の海洋環境と物質循環は,当時の赤道地域の巨大内海であるテチス海からの研究成果をもとに復元されてきた。そこには,広大な生物礁が発達し,生物群集や海水成分に関する情報が蓄積されたためである。しかし,テチス海はあくまでも内海にすぎず,海洋面積の8割は昔の太平洋(パンサラッサ海)により占められる。鳥巣式石灰岩はパンサラッサの情報を記録する数少ない媒体である。
 私たちの研究ではテチス海とパンサラッサの間の海水循環はある程度制限されていた事を示す。鳥巣のデータはテチスの石灰岩よりもグローバルな海洋環境を記録しているのかもしれない。
新たな研究題材を求め,我々はボルネオ島北東部のクチン市近郊で調査を行っている (Kakizaki et al., 2013)。ここは,ジュラ〜白亜系にはテチス海とパンサラッサの境目に位置していたと考えられている。ジャングルの中に点々と分布する石灰岩はこれまでほとんど研究されていなかった。すなわち,見るもの全てが新しい。
 石灰岩分布地域はマレーシア国に属する。ここでの滞在は意外なほど快適だ。まず,英語が通じるので,住民とのコミュニケーションがスムーズに進む。めぼしい石灰岩採石場を見つけては,オーナーに調査許可をいただき,サンプルを採集する。クチン市は近年注目されつつある観光地。町中では欧米人を数多く見掛ける。レンタカーでの自由気ままな調査が出来る。