温泉
微生物マットを伴う温泉は, 日本各地に数多く存在し,古くから純化学的研究の対象になってきた。しかし,温泉の地下〜地表での現象は化学的プロセスのみでは説明できず,温泉環境に生息する微生物群集の代謝が想像を超えた効果を生み出している可能性が指摘されている。また,生物学的には,PCR法により得られた多くの温泉微生物(特に好熱菌)の遺伝子塩基配列が,ゲノム系統樹の根幹を占めることが示されており,温泉における微生物群集が太古の地球環境における生態系を暗示すると考えられている。私たちは酸素に富む環境でしか生息できないが,これらの微生物にとって酸素に富む環境はむしろ好ましくない。
本研究室では,多様な温泉の中で,鉄質沈殿物と炭酸塩沈殿物を析出する炭酸土類塩泉(Ca, Na, Cl を多量に含み,Fe等の元素にも富む温泉)を対象とし,微生物群集の代謝活動による堆積作用に焦点を当てて研究を進めている。
炭酸土類塩泉は,火山などの熱源から比較的離れた場所に発達する中温(35-50℃)の源泉で特徴付けられる。また多くの場合,トラバーチンと呼ばれる炭酸カルシウムの沈澱をともない,高さ20mにも達するドーム型の構造物が発達することもある。
炭酸土類塩泉と始生代〜原生代の海洋環境は,a) 高い二酸化炭素分圧と極めて低い酸素分圧,b) 暖かい水温(35〜50℃を想定),c) 高いCa濃度,d) 原核生物を主とした生物相,の点で共通している。さらに,e) 源泉付近に認められる鉄質沈殿物は28〜21億年前に汎世界的に堆積した縞状鉄鉱層と,f) 温泉水の地上での流下経路下部に発達する炭酸塩沈殿物(トラバーチン)は21〜10億年前に発達したストロマトライトと成分や組織が酷似する。また,g) 温泉水の流下経路でおこる酸素の獲得と二酸化炭素の散逸は,この時代の海洋環境で起っていた変化の縮図とも言える。したがって,温泉研究は始生代〜原生代(より具体的には28〜10億年前)の海洋環境で起っていた微生物−化学プロセスを理解するための鍵である。

研究例
ー微生物構造の観察結果
奈良県入之波温泉の源泉付近に発達する鉄に富む堆積物には鉄酸化細菌の代謝に伴った水酸化鉄から構成される。
細菌は温泉水中に微量に含まれる酸素を用いて2価の鉄を3価に酸化することでエネルギーを得て,二酸化炭素を同化して自分の体を作る。
この時,3価の鉄は細菌体の周囲に水酸化鉄として沈澱し,幅10ミクロン程度のヒモ状構造か生成する。細菌の成長は50ミクロンほどで停止するため,その結果,縞状の組織が残される (Takashima et al., 2008)。
始生代の縞状鉄鉱層の中には,これに類似する組織を持つものもあることから,これらは海底での鉄酸化細菌の活動により形成されたのかもしれない。
トラバーチンの中には厚さ1mmにも満たない縞状組織が観察される。大分県長湯温泉などでの観察結果は,これらが光合成細菌(特にシアノバクテリア)の活動に関連してできたことを示している。
遺伝子蛍光プローブ (FISH) 法での観察結果(右図)は,昼に成長するシアノバクテリア(太い黄色い菌体)が,夜に増殖する従属栄養細菌(緑の小さい菌体)に覆われていることを示す。トラバーチン表面での微生物群集の入れ替わりを反映して,日輪組織が発達していくものと考えられる。
同様の組織は始生代・原生代のストロマトライトにも認められる。
私たちが行ってきた研究の中で最も重要なのは「トラバーチンに発達する縞状組織は日輪である」と見いだした事にある。この事実は普遍的であり,これまで,奈良県入之波温泉・大分県長湯温泉・鹿児島県妙見温泉などで確認した。日輪組織は,トラバーチン表面に生息するシアノバクテリアの光合成リズムに起因する。ただし,場所によって構成微生物群集が異なっており,日輪形成プロセスも違う (Okumura et al., 2013a, b)。
 縞状組織の日リズムを証明するために用いる方法は「連続観測」である。ターゲットとなるトラバーチン堆積物は24時間以上継続して観察/サンプリングされる。下の図は長湯温泉で行った研究例。採集したサンプル断面の表面部分を拡大したものだ。昼間に黒っぽい層が,夜に茶色っぽい層ができるのが明確に読み取れる (Okumura et al., 2011)。