地球生命圏科学講座 東京大学大学院 理学系研究科 地球惑星科学専攻
Geosphere and Biosphere Science Group
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1. 海底メタンハイドレート層の研究

  平成16年度は、本課題の科学研究費補助金特定領域研究として最終年であったが、調査航海、掘削に加え、大量の試料の分析を行い、南海トラフのガスハイドレートの分布に関して多くの知見を得た。
  (1) 南海トラフで国際深海掘削船ジョイデスリゾリューション号により、ガスハイドレートの分布する海域での全層コアリングを行われたが、本研究グループではこの調査を全面的に支援し、また、大量の優れた試料を得た。
  (2) 回収された堆積物コアから間隙水を搾り取り、間隙水の地球化学的分析を行った。その結果、ガスハイドレートの分布を示す塩素濃度の異常な低下が認められる一方、その周辺の泥中では塩素濃度が逆に大きく高くなっていることが分かった。この異常は、地層中では水の移動が阻害されるため、ハイドレートの生成で生じた塩分濃度で説明できる。
  (3) 地層温度の測定を行った。従来は深度とともにリニアに温度が上昇すると考えられていたが、今回の調査で、(a)必ずしも直線的には温度は上昇しない。(b)測定された地温勾配からは、BGHSは現在のBSR分布深度より深い位置に存在する。(c)二重のBSRが見られるところでは、相図から見積もった安定温度はガスハイドレートの実際の分布深度位置よりかなり深いところに位置する。この事は、従来の見込みと逆である。
(4) 日本海の東縁でピストンコアリングとドレッジを行い、この海域から始めてガスハイドレートを回収した。また、海底からはきわめて強いメタンガスバブルが立ち上がっているのが分かった。今後は、発見されたUT04海域のメタン湧出の温暖化への寄与の見積もりを計算したい。


2. 化学合成生物群集における共生関係の進化についての分子古生物学的研究

  メタンに代表される炭化水素を含む冷湧水は、メタンや硫化水素をエネルギー源とする細菌、古細菌と共生する底生の生物群集へエネルギーを提供している。これらの生物群集は、高い個体生息密度、化学合成細菌と共生した大型生物、光合成に依存しない生態系を特徴としている。本研究では、現世の海洋底のメタン湧出地点に生息するメタン生成菌、が硫酸還元菌と栄養共生してメタン酸化を行っている試料について分析を行い、バイオマーカーによる特徴付けを行った。メタン生成菌の化学組成分類であるANME-1の炭化水素画分からはクロセタンと飽和および不飽和PME、エーテル結合性脂質からはフィタンのみでビフィタンは検出されなかった。これに対して、ANME-2については、炭化水素画分から飽和および不飽和PMEのみでクロセタンを含まず、エーテル結合性脂質からはフィタンと3種のビフィタンが検出された。この後、北海道白亜系の5つの石灰岩、横浜市栄区の石灰岩(更新世)および稚内沖の炭酸塩クラスト(現世)についてバイオマーカー分析を行った。その結果、白亜系ではANME-1が卓越するが、特に下部白亜系においてはANME-1のみならずANME-2の共存が認められた。これに対して、横浜市栄区の石灰岩(更新世)では、ANME-2のみの活動が検出された。また、稚内沖の炭酸塩クラストでは、ANME-1が支配的であった。
  さらにメタン湧出地点に観察される炭酸塩沈殿について、以下のような考察を行った。硫酸還元細菌とメタン生成古細菌の活動による嫌気的メタン酸化の結果であり、直接的には炭酸塩イオンで沈殿が促進されと共に、間隙水中では炭酸塩沈殿の妨害イオンである硫酸イオン濃度の低下とアルカリ度の上昇が生じるため、炭酸塩沈殿が生じている。


3. 含鉄ケイ酸塩鉱物の溶解と先カンブリア時代の風化プロセス・速度

  先カンブリア時代の大気中の酸素の濃度変化は、地球化学的課題のみならず、生命の進化と密接に関連し、近年盛んに研究が行われている。堆積岩中の安定同位体分析など様々なアプローチがなされているが、我々が対象としているのは古土壌(paleosol)と呼ばれる、当時の風化を受けた岩石である。しかし古土壌は風化後、例外なく続成・変成作用を受けた弱変成岩であり、当時の風化過程は未だに理解されておらず、従って、古土壌から推定される大気酸素の濃度は常に曖昧さを伴う。我々は当時の風化条件を室内で模擬し、実際の古土壌のデータと比較することで、当時の鉱物-水-大気の相互作用を明らかにし、大気酸素の濃度推定の基礎データにすることを研究目的をしている。
  前年度速度論的な情報を得るため、酸素濃度が低い条件下で、いわゆるflowthroughタイプの溶解実験を黒雲母、緑泥石、白雲母に対して行った。しかし、溶存酸素計の精度が悪く、溶存酸素が10(-5)気圧以下としてしか記録できなかった。10(-8)気圧まで測定可能な精度の良い溶存酸素計を新たに購入し、実験中の溶存酸素濃度を正確に記録した。28から19億年前の古土壌中から希土類元素を含む風化生成物のrhabdophaneを探し、Ce/Laの時代変化をプロットした。25から19億年前にかけて、この比は減少し、19億年前にはほぼ0になった。これは、この期間、酸素が上昇し、地下水中でCe(III)がCe(IV)になる割合が増加し、rhabdophane中に、Ce(IV)が取り込まれなくなった結果だと考えられる。


4. X線異常散乱法を用いた、ゼオライトに内包される遷移元素と有機分子の相互作用の解明

  触媒および分子ふるいとしての機能を活用するため、骨格構造および細孔内部を化学的に修飾したゼオライトの研究開発が盛んである。ゼオライト結晶素材の特性発現メカニズムを解明するためには、修飾元素の分布を正確に把握することが不可欠である。本研究グループは、原子番号が隣り合う元素が共存する場合でも目的元素の構造情報を得ることができるX線異常散乱法をゼオライトの構造的研究に導入し、修飾元素の配列規則と細孔に挿入された有機分子との相互作用を解明するプロジェクトを推進した。
  本研究では、強い白色X線源を有する高エネルギー加速器研究機構放射光実験施設に複雑構造の異常散乱実験を可能とする異常散乱単結晶構造解析装置を導入し、光学系の設定および積分反射強度の測定法など計画通りの性能が実現できていることを確認し、ゼオライトに内包するセレンクラスターの構造を詳細に決定することができた。また、天然laumontite型骨格構造を有するZn-Al-P-O系ゼオライトおよび新規な骨格構造を有するゼオライトの育成に成功した。特に、laumontite型Zn-Al-P-O系ゼオライトは、内包する有機分子と遷移元素の相互作用が強いため、有機分子の変化に対応して空間群が変化する特性を明らかとした。さらに、パルスレーザー線源を用いた物性測定により、微弱ではあるが遷移元素および有機分子の相互作用によって非線形光学特性の発現を確認した。この特性をより効果的に発現させるためには、欠陥の少ない結晶の育成が望まれるが、新しいゼオライト素材の可能性を提唱できた成果は、将来の応用展開が期待できる。また、鉄系およびマンガン系のリン酸塩試料では、有機物は内包されないもののゼオライト類似のイオン交換能を有する可能性のある新しい物質を作成することができた。


5. 地殻内に存在する地下生物圏の分布限界の実験的研究

  地殻内に存在する地下生物圏の分布限界を支配する要因には様々なものが考えられるが、その内もっとも重要なパラメータは温度と考えられる。生体物質の多くが、容易に熱分解を起こすことが知られているからである。そこで実験の第1歩として、海底熱水系に普遍的な温度である350℃において、セイフリード型高温高圧装置を用いた中温菌と好熱菌の菌株のタイムシリーズでの分解実験を行った。350℃という生存限界を超える温度において、どれくらいの速度で細胞の構造が壊れるかを知ることにより、高温熱水中にしばしば見られる微生物の“痕跡”が、その中で生存していたのか、たまたま熱水循環の経路で取り込まれただけなのかを検証するためである。
  この実験の成否を握るのが、微生物数のカウントにおける定量性である。予備実験の結果、セイフリード型高温高圧装置に菌株を送り込む装置としてアキュムレータを取り付けることにより、それが可能であることが分かった。アキュムレータは室温において、内部の圧力をあらかじめセイフリード型高温高圧装置のそれとを同一にし、その後、バルブを全開して試料のやりとりをするための装置である。この装置を用いることにより、耐圧バルブを開放できることから、キャピラリー部に置いても微生物が人為的に破損されることがない。
  1回目の試料採取では、キャピラリー部に残っている微生物が出てくるが、2回目以降はフラッシュされてそれがなくなり、定量的な検討に耐えることが分かった。予備的な実験によると、微生物の分解は中温菌でも好熱菌でも速度は変わらないことがわかった。


6. マグマ熱水系による地下生物圏への低分子有機化合物への供給に関する実験的研究

  本研究は、マグマ熱水系における低分子有機化合物生成要因の解明を目的として実施した。マグマ熱水系における低分子有機化合物は、岩石ー水反応もしくは生物の熱分解により生産されることが予測される。地下生物圏を構成する微生物の熱分解過程に関する知見は非常に乏しいため、特に微生物の熱分解過程に着目し研究を行った。海底熱水系を模擬する装置として、新たに400℃、50MPaまで独立に圧力、温度を制御可能で、かつ経時的なサンプリングが可能なSeifreid型熱水反応装置を作成した。さらに、高温・高圧下を保った反応槽への微生物細胞の導入、および微生物細胞の定量的な回収を目的として、アキュムレーターサンプリング装置を開発した。本装置により、高温・高圧下にある反応相からの、微生物粒子を定量的な回収が可能となることが示された。これらの装置を用いて、大腸菌、および超高熱性メタン生成古細菌の熱水条件下(350℃、50MPa)における分解実験を行った。熱水条件下における微生物菌体の分解は反応開始後速やかに始まり、15分で1/10、1時間で1/1000、2時間以降は1/10000まで減少し、細胞内高分子化合物の分解順序は脂質→RNA→DNA→細胞形態であることが明らかとなった。核酸、タンパク、脂質などの高分子化合物は、15分以内に速やかに分解されることが知られている。一方、岩石や粘土鉱物に吸着した高分子化合物は熱安定性を増すことが知られており、細胞体として存在する場合も熱安定性が上昇する可能性が示唆された。また、用いた微生物株の至適生育温度の違いは分解速度にほとんど寄与しておらず、熱水条件下における熱耐性と生育温度の熱耐性は全く異なる仕組みであることが示唆される。


7. LB法を利用した無機有機ハイブリット膜の製作と光エネルギー変換機能の開発

  本研究では、水中に分散した粘土粒子と両親媒性分子とのハイブリッド膜をラングミュア・ブロジェット法によって製造し、光電流をモニターする電気化学測定によって溶液中のキラル分子の検出を行うことを第一の目的とした。これについては、前年度の成果をもとにより広範囲の分子について、検出感度、不斉識別能の検討を行うことができた。第二の試みとしては、粘土鉱物とキラル錯体との付加物を光増感時として有機分子の不斉合成を行うことを目指した。本年度は、2個の不斉中心を有するスルフォキシドの合成を試みた。その結果、最高で50%程度の光学収率で光不斉酸素化を実現できた。これは無機担体を用いた初めての光不斉合成である。第三の試みとして、キラルな金属錯体をドーパントに用いて、光応答するキラルネマチック相の構築を行った。このために光ラセミ化するCr(III)錯体を合成し、光照射によってキラルネマチック相の螺旋ピッチが大きく変化することを見出した。今後はこれを用いた光メモリーへの応用を目指している。
  また、ITOガラス基板上にルテニウム錯体と銀ナノ粒子を有するハイブリッド高分子ナノシート集積体を構築し、ルテニウム錯体励起による光電流の大幅な増加が観察された。銀ナノ粒子近傍に発生する表面プラズモン共鳴による電場増幅効果を達成することができた。銀ナノ粒子のみの場合では光電流が検出されず、銀ナノ粒子直接の光電流の寄与はないことがわかった。


8. 電子顕微鏡による鉱物及びそれに関連する物質中の微細構造の解析

  今年度は透過電子顕微鏡(TEM)による層状珪酸塩鉱物の積層構造の解析を進め、カオリン鉱物及びNa雲母の積層構造の解析で大きな成果を得ることができた。カオリン鉱物は地球表層環境で形成される代表的な粘土鉱物であり、鉱物資源あるいは地球科学的に重要な物質である。従来よりカオリン鉱物はその形成条件により様々な程度の積層不整を示すことが報告されていたが、この積層不整の本質については明確な結論が出ていなかった。これはカオリン鉱物が電子線に対してあまりに弱く、電子損傷のために十分高分解能なTEM像が取れなかったためである。今回我々は世界で初めてカオリン鉱物の積層構造を決定できる高分解能TEM像を得ることに成功し、2つの異なる成因(続成作用と熱水変質起源)のカオリン鉱物について各々特徴的な積層構造を持つことを示すことができた。この結果は2つの論文といくつかの国際学会などで発表した。また電子後方散乱回折を用いて走査電子顕微鏡内でもカオリン鉱物の多型が判別できることを示し、これを国際学会等で報告した。一方層間がナトリウム(Na)で占められたNa雲母について、2種類の試料をTEMで調べることによりその積層構造はカリウム(K)が層間を占める通常の雲母には見られない層間のずれが存在することを明らかにし、その理論的考察を行った。最後にナノチューブ状のアルミニウム珪酸塩鉱物であるイモゴライトの電子回折による構造の解析を進めたが、完全な構造の解明には未だ至っていない。


9. 北米太平洋岸に分布する海成白亜系の年代層序と生物層の精密解析

  代表者の棚部と分担者の重田、および研究協力者の伊庭靖弘(東大院生)の3名は、平成16年7月に米国アラスカ州南部Talkeetna山地Alfred川、Flume川、およびAmmonite川流域に分布する下部白亜系(アプチアン〜下部アルビアン)および上部白亜系(上部カンパニアン)の地質調査を行い、岩相層序・堆積相を精査するとともに、大型化石、微化石用岩石試料の採集を行った。また、アラスカ州東南部Chitina川流域の白亜系分布域を概査して露頭状況の観察を行ったが、交通手段の不備がたたり、この地域については予定した成果を挙げるに至らなかった。
  平成14、15年度に実施したカルフォルニア州での白亜系の野外調査結果および採集大型・微化石の室内研究、古地磁気層序研究などから、Ono地域Folk Cottonwood Creek沿いにオーテリビアンからチューロニアンにわたる連続した海成白亜系総合年代層序・古地磁気層序を確立することに成功した。また、今年度のアラスカ調査で採集した上部カンパニアンにおけるアンモナイト群集、およびカルフォルニアおよびアラスカにおけるアルビアンアンモナイト群集の解析から、同時代の北太平洋域を特徴づけるアンモナイト動物群の概要が明らかになった。これらの成果は、順次国際誌に公表予定である。
  このほか、平成14年度にカルフォルニアの上部チューロニアンから採集された化石資料を用いて、北太平洋域におけるチューロニアンのコリニョニセラス亜科アンモナイト類の形態進化様式を明らかにした(Harada&Tanabe, 2005)。また、アラスカのアルビアン産アンモナイト類の貝殻酸素同位体比の分析から、当時の太平洋高緯度における陸棚低層の水温とその季節変動様式が復元された(Zakharov et al., 2004, 2005)。


10. 生きている化石、有柄ウミユリ類の食性から探る古生態学

  有柄ウミユリ類は深海底生動物の重要なメンバーであるが、その生態学は多くが不明のままである。海底の上方に腕を広げ、懸濁物を非選択的に採取し、消化管に運ぶと考えられているが、その食性に関しては従来ほとんど研究例がなかった。大路は共同研究者の北沢公太(修士課程)と共同して消化管内容物を有柄ウミユリ各種で調べた結果、以下のことが明らかになった。(1)消化管内容物に石英片が含まれ、これを餌の量を示すインデックスとして用いることができる。(2)熊野灘の約800mの深度に生息する4種で比較した結果、海底から低い位置にあるウミユリのみがクロロフィルを採取し、高い位置にあるウミユリはこれを採取していない、(3)有柄ウミユリ類が海底から再懸濁したものを主として得ているか、上方からの物質を直接得ているかは明らかでない、(4)腕の密度の高いものより、低いものの方が餌を多く採取していた。上記のうち(4)の結果は従来の推定とはことなる新たな発見であり、今後化石ウミユリ類の腕の密度と餌の関係を考える上で貴重なデータとなる。


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